女性が教育を受けること

 世界には未だに「女性は教育を受ける必要がない」と考えられている国々がある。

職業柄か、健康問題に関して、母親の知識が、子どもを病気から遠ざけることは実感していた。けれど先日こんなことがあった。

 

 ピアノを習っている娘が、絵本の中の楽譜に興味を示した。でも、娘の実力ではまだ弾けない。そこで多少なりとも楽譜が読める私は、その曲を、娘が弾けるように変調しして書き直した。娘は喜んで弾いていた。

 

 私にとってピアノは、習っていた期間の割りに、なんの実にもならず、高い月謝を払い続けた両親に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。とはいえ、よく考えたら、中学時代の合唱コンクールでは常に伴奏していたのだけれど。自己評価では、「習った期間・払った月謝代>実力」だった。

 

 でも、娘が、私が書いた楽譜を嬉しそうに弾いた時、私の中で「ピアノを習っていて良かった」という気持ちが最大になった。そして両親に感謝した。

 

 そしてやや誇大解釈かもしれないけれど、女性が教育を受ける、とはこういう事なのではないか、と考えた。女性が社会で働くかどうか、だけではなく、次世代を育てる上で、やはり教育は必要不可欠なのだと感じた出来事だった。